『ほろ酔い植物考』     ブナ    ブナ科

                                     田城 松幸
      
   日本固有の落葉喬木、東北、北海道では平地にもあるようだが四国では四国山脈に沿って標
  高千メートル前後で出現する。白上山地のブナ林が世界資産に登録され、一挙に脚光を浴びた
  のは周知のとおり。自然の状態で純林を作ることは少なく四国ではヒメシャラ、ミズナラ、カエ
  デの類などを交え、下層はササで覆われているのが普通。ブナは葉に特徴があり、縁は波型で波
  のへこんだ部分に側脈の先端が入っている。これはブナ属だけの特徴で側脈の数が10対内外
  ならブナ、15対内外ならイヌブナ、樹皮が灰白色ならブナ、暗灰色ならイヌブナ。
   ブナの本場は雪国だがイヌブナは太平洋岸の低山地にも出現するとものの本にあるが、私は
  牧野植物園以外で見たことがない。果実は殻斗(かくと)と呼ばれる殻に包まれ,熟すると四つ
  に割れ三角錐形をした果実が2個入っている。5〜6年に一度ドカっと実を付け、その間は全
  く実を付けないか付けても僅かというサイクル。このサイクルにどんなメリットがあるであろ
  うか。毎年実を付けるとそれを専門に食べる昆虫が出てくるであろう。となるとこの方がかえ
  って効率が良いのではなかろうか。
   最近ブナ林の保水力が注目を集めている。落葉樹の葉は常緑樹に比べ薄くて分解されやすい。
  そのため海岸の照葉樹林より腐葉土がよく発達する。発達したスポンジのような空間に雨水を
  よく蓄えるからである。「山は海の恋人」を合言葉に東北のほうでは山に落葉樹を植林している
  漁協があると言う。もっと早くやるべきだったろう。
   以前は四万十川の上流域に大雨が降るとその水が中村市に到達するのに12時間かかったが、
  今は8時間で来ると言う話を現職の川漁師さんに聞いたことがある。
   ブナ林は人工林と違いいろんな木があるのでトビムシ、ミミズなどの小動物から昆虫、それ
  らを捕食する鳥類、ブナの実はネズミ、リス、イノシシなどの食料になるなど、環境が変化に
  富む。四国ではブナ林はほとんど国有林で保存状態は極めて良好だが、これはブナの生育する
  環境にスギやヒノキを植えても良く育たないと言う理由のなせるわざで、四国営林局の努力の
  たまものでは断じてない。
   四万十川の支流、黒尊川の上流域は私が高校生の頃は広大な面積が人跡未踏の天然林であっ
  た。今はブナ林直下まで見渡す限り人工林の緑に変わった。往時を知るものにとって現状はま
  さに隔世の感がある。その結果上流域で夏と冬の2回、川の水が完全に干上がる箇所ができた。
  一番びっくりしたのは土地の人達であろう。林野庁は余りにも天然林を伐採しすぎた。
   この付けは子々孫々にまでものを言うであろう。この川の水位が昔の状態に戻るには数百年、
  或いは数千年の時間がかかるかもしれない。土地の人だけではない。私たちは貴重な財産を知
  らぬ間に失ったのである。
   始めに書いたようにブナは我が国の固有種だから外国には無い。ヨーロッパにはセイヨウブ
  ナ、北米にはアメリカブナという種があるようだが。従ってシューマンの有名な歌曲、「流浪
  の民」の出だしの一節「ブナの森の葉隠れに」明らかに間違いである。故に賢明なるあなたは、
  今後この歌を口ずさむ時は必ず「セイヨウブナの森の葉隠れに」としていただきたい。
 
    えぞぜみの声しきりなるぶなの森 つるあじさいのからみて咲ける    山脇哲臣