『ほろ酔い植物考』     カキノキ   カキノキ科

                                     田城 松幸
      
   里古りて 柿木もたぬ家もなし 芭蕉 の句にもあるように古来から人家や畑などに植えら
  れ、日本人には親しみの深い果樹である。品種は一説によると千種を越えると言う。里山に自
  生している実の小さいヤマガキを原種とし、古くから品種改良されたものと思い込んでいた。
   違うのである。ヤマガキ自体も中国か朝鮮半島から渡来した可能性がある。その一つの傍証
  として貝塚からカキノキもタネも全く出土しないという。
   鈴木三男著「日本人と木の文化」 八坂書房 に出てくる炭や化石、出土樹木のリストをかな
  り注意して見たがカキノキの名は見出せなかった。
   初めにヤマガキが渡来し,そのタネをカラスやタヌキが撒き散らしたと考えれば納得がいく。
   通常甘柿と渋柿に区別するがこれは絶対的なものでなく、比較的早く渋が抜けるのを甘柿と
  称しているだけのことで渋いのはタンニンが水に溶けるからである。酵素の作用で熟するに従
  い水に溶けないタンニンに変わると言う。熟した甘柿を割ると黒い点々があるが、これが水に
  溶けないタンニンである。子供の頃「こねっている」と言った。単なる方言であろうと思ってい
  たのだが『木練柿(こねりがき)』という言葉が昔からあったようである。また甘柿を北海道に
  植えても渋いままで甘くならないという話を聞いたことがある。気温のせいであろうか。
   柿渋を紙や糸に塗ると丈夫になる。渋団扇、渋ヤマ等と言う言葉を知っている人は多分私と
  同世代であろう。かまどや七輪で炊事をしていた頃、渋団扇は必需品であったし、大きな魚を
  目当てにする釣りは「渋ヤマ」を用いていた。何故大きな糸を「やま」というのかは知らないが。
   私が小学生の頃、父が投網を渋漬けにしたことがある。渋柿と卵の白身を使っていたような
  ぼんやりした記憶があるが。 
   カキノキ科の樹木は他にも自生がある。トキワガキとリュウキュウマメガキである。前者は
  その名のとおり常緑で、成長すると木肌が黒くなるのでクロカキの別名もある.後者は高知県
  では標高200mくらいの谷筋に多い。両方とも果実は直径1.5〜2.5cmくらいだが、実は
  間違いなく柿である。昨年の暮れ、高知県植物誌の調査で幡多郡三原村の谷筋を歩いた時のこ
  と。先頭の私がリュウキュウマメガキを見つけた。実をつまんでみると柔らかい、ひょっとし
  たら熟しているかなと思い食べてみた。しばらく味は分からなかったがそのうち渋味が口の中
  じゅうに広がった。渋いてなもんではない、当然である渋柿なのだから。これを一人だけで食
  べるのはもったいない、「リュウキュウマメガキが熟したらこんなに美味しいとは知らなかっ
  た」と次の者に勧めた。とにかく好奇心が旺盛だと言えば聞こえはいいが食い意地がはっている
  のである。イチゴやアケビは無論のことヤマガキまで渋いと分かっていて齧るし「ドングリはウ
  バメガシが一番渋味が少ない」などとノタマウ連中である。
   かくして順番に全員口の中を渋で満たした。それで誰も文句を言わないと言うことは、渋柿
  を食べたことに誰一人後悔していないと言うことであろう。
   通常栽培されている柿は5〜6年に一度ドカッと実を付け、その間は余り実を付けないと言
  うサイクルのようである。多いときには隣のミカンの木にまで柿の実がなるという。
   カキノキの学名はDiospyros kakiで、学名まで柿そのものである。属名のヂオスピロスは「神
  の食べ物」の意味であると言う。今の子供は神の食べ物を見向きもしないが。
  
     おり立ちて今朝の寒さを驚きぬ 露しとしとと柿の落ち葉深く   伊藤左千夫