『ほろ酔い植物考』      ナズナ     アブラナ科

                                     田城 松幸
      
   
   ご存知春の七草の一つでペンペングサの名もある。ナズナの語源には諸説があるが、ペンペ
  ングサはその種子が三味線のバチに似ているから付いた名である。
   この草が春の七草に入っていなかったら、おそらく今ほど世の人々の注目を集めることはな
  く“名も知らぬ草花”の一つであったであろう。蛇足ながら“名も無い草花“と言う物は無い。
  およそこの世に存在を知られている物には全て名前がついている。ただあなたがそれを知らな
  いだけのこと。むろん草花の名前を多く知っているからといって偉くもなんともないが、知ら
  ないよりは知っているほうが酒を飲む時により楽しい。
   ナズナは晩秋に種子から芽生え、冬の寒さの中で葉を茂らせる。そのため旧暦の正月七日(今
  の2月頃)食べ頃になるということのようだが、実際にわが土佐の海辺の村でもその時期にナズ
  ナを目にすることは余りない。やはり多いのは2月の終わりから3月である。
   最近は七草粥を食べる家庭は少なくなったが、牧野博士の著書によると氏が子供の頃家族一
  同が炉辺に集まり「七草なずな、唐土の鳥が、日本の土地に渡らぬ先に、七草なずな、手に摘み
  いれて」という歌を口ずさみながら無病息災を祈り、家族で粥を食べたという。唐土はとは中国
  のことで、中国大陸から鳥が渡って来ないうちに七草粥を祝おうという意味である。当時は渡
  り鳥が伝染病を運んで来ると信じられていたという。鳥にしてみれば迷惑なことであろう。
   余談になるが須崎市に『鳥越』という地名がある。これはおそらく毎年同じ時期になると、
  渡り鳥の群れが大挙してこの地の上空を通過した名残であろう。それもツバメのような小さな
  鳥でなく、ツルのような大きな鳥が。かっては高知平野にも多くのツルの類が飛来し、農作物
  に被害を与えたことが記録に残っているという。
   ナズナの仲間でタネツケバナという種がある。主に稲を刈った後の水田に生える一年草で、
  我が家の近くの水田では12月には見られ、気の早い株は花を付けているのもある。この草に
  は独特の風味があり、クレソンそっくりの味である。
   名の由来は種籾(たねもみ)を水に浸ける頃に花を開くからで、この花が咲き出したらぼちぼ
  ち種籾を浸けなきゃならんと、農耕の一つの目安にしたのであろう。
   私は米作りの実体験がないので詳しいことは知らないが、田植えをするにはまず苗がいる。
  苗は別に苗床を作り、そこに種籾を蒔く。そのまま籾を蒔くやり方も現在ではあるようだが、
  おそらく効率が悪いのであろう。昔は1週間くらい水に浸けたようである。今はイネの品種改
  良も進み田植えも機械になったが、昔は5月の終わりから6月にかけて、ちょうど梅雨の頃が
  田植えの最盛期であったのではなかろうか。それから逆算して4月の終わりから5月の始め頃
  種籾を浸け、10月頃収穫していたと思う。いかに南国土佐と言えども1月に種籾を浸けるのは
  早すぎる。おそらく関東以北で自然発生した名前であろう。
   誰が始めに春の七草ということを言い始めたかは知らないが、その人はナズナがどんな草か
  知らなかったのではなかろうか。それでタネツケバナをナズナだと思い込んでいたのではなか
  ろうか。それなら春の七草にナズナが入っているのも納得できる。
   タネツケバナなら2月にお粥にする十分な量を、さほど苦労しなくても採集可能である。
 
       よく見れば なずな花咲く垣根かな   芭蕉