『ほろ酔い植物考』      アセビ         ツツジ科

                                     田城 松幸
      

   「どこか犯しがたい気品がある。それでいて、どうにでもして、それを手折ってちょっと人に
  見せたいやうな、いぢらしい風情をした花だ。言わば、この花のそんな処が、花というものが
  いまよりずっと意味深かった万葉の人達に、ただ綺麗なだけなら他にもあるのに、それ等のど
  の花にも増して、いたく愛されたのだ」。ご存知堀辰雄の「浄瑠璃時の春」のサワリの部分。確
  かに気品のある花だと思う。
   本(山形県以西)、四,九州に生え高さはせいぜい5m、成長が遅く条件の良い地では他の背
  の高い木に負けるが、痩せ地や乾燥に強いため伊豆の天城には純林があると言う。純林という
  からには5本や10本という数ではないはずだから全山満開となればさぞかし見事であろう。
   春の頃、白い小さな壷型の花を多数垂れ下がって着けるが、有毒植物で私の地方では池に葉
  が落ちると鯉が死ぬというし、昔から葉を煎じてトイレの蛆殺しや農薬として用いたようであ
  る。有名な奈良公園のアセビも長年に渡って鹿が食べ残した結果である。
   これは親が子に教えるというものではなく、これは毒だから食べてはいけないという情報が、
  遺伝子の上にインプットされている結果であろう。第一毒でも何でも手当たりしだい食べる
  ような生き物はとっくの昔に淘汰されているはずである。
   私が子供の頃周りはほとんど農家でたいていの家が牛か馬を飼っていたし、我が家でも山羊
  を飼っていた。冬の青草の無い時期、ひもじさのため山羊はなんとも切ない声で泣いていた。
  そんな時、シキミをやっても山羊は絶対に食べなかった。無論当時はシキミが毒だとは知らな
  かった。アセビはこの辺にはごく普通にあるし人家の庭にも植えている。が、牛や馬がアセビ
  を食べて中毒をおこしたという話は聞いたことが無い。だから動物は毒のものは消して食べな
  いのだと、子供の頃からごく自然にそう思い込んでいた。
  が、馬酔木という言葉が実際にある。これは複数の馬がこの葉を食べ、酔っ払ったような状態
  になったことを意味する。何故、鹿は馬鹿でないのに馬は馬鹿なのか、長い間ずっと不思議に
  思っていた。前川文夫著『植物の名前の話』八坂書房によると「万葉の頃、中国と人的交流が盛
  んになり、中国から人だけでなく中国の馬も渡ってきた。中国にはアセビは揚子江の中流域と
  黄山山脈の深山にあるだけで平地には無い、このため中国の馬はアセビが毒だということを知
  らないので、たびたびアセビを食べ中毒をおこしたようである。中国は文字の国、他の木と区
  別するために馬酔木という字を考え付いた」とある。
   そいえば子供の頃山羊がタバコの葉を食べびっくりした記憶がある。タバコはコロンブスが
  梅毒とともにヨーロッパに持ち帰ったのが世界中に広まったというのが定説だから、日本の山
  羊がタバコの葉は毒だということを知っているはずがない。
   またアセビは大変方言の多い木で、倉田 悟著「日本の主要樹木方言集」には153種もの呼
  び名が記載されているという。それだけ日本人には馴染みの深い木なのであろう、という考え
  は当を得ていない。それならスギ、ヒノキ、カシの類はどうなるのか。これらは建築材として、
  農耕具の材料としてアセビよりはるかに生活に密着した、馴染み深い木であったはずである。
   しかしこれらの木には方言らしきものはほとんどない。
   北海道にはアセビは自生しない、ひょっとしたらエゾジカはアセビを食べるかもしれない。
  
     春過ぎて花よりもなおつややかに あしび若葉の紅にもゆ   宗 愛生