『ほろ酔い植物考』     サカキ        ツバキ科

                                  田城 松幸
      
   関東以西の海岸近くから標高500mくらいの山林までごく普通に自生する常緑樹。
   よく育つと高さは10mを越えると言うが、私も先日そういう大木にはお目にかかった。
   7〜8月に直径1,5cmほどの白い五弁花を付けるが、花を見知っている人は以外と少な
  いのではなかろうか。よく見ればなるほどツバキ科の木だなと納得するはず。
   榊という字は漢字でなく日本製で、万葉集にただ一首だけ「ひさかたの 天(あま)の原
  より 生(あ)れ来る 神の命(みこと) 奥山の賢木(さかき)の枝に 白香(しらか)つけ 木綿
  (ゆふ)とりつけて〜」の長歌が詠まれており、榊の字は使われていない。万葉集などの研
  究家、賀茂真淵の説によると「賢木(さかき)は栄木(さかき)であり、神社によっては松、杉、
  樫などを用いた」とある。それがいつ頃からツバキ科のサカキを用いるようになったのだ
  ろうか。
   毎年島根県の出雲大社に日本中の神様が集まるという。それで11月は全国に神がいな
  くなるので「神無月」と言う。かんなづき、なんと優雅な言葉であることか。漢字文化圏
  ならではの単語であろう。アルハベットではこんな粋な表現はできそうにない。
   思うに昔その総会で「今後は神事にサカキを使おう」ということが多数決で決定された
  らしい。どうやら当時は関東以北には神様が居なかったのか、又は居ても僅かであったの
  であろう。更級源三著 『コタン生物記』 法政大学出版局 によると「昔アイヌのひと
  たちは、植物も動物も同じ神であって、神の国で植物は人間と同じような日常生活をして
  いると考えていた。だからアイヌの人たちは、草や木を生えているとはいわず、座ってい
  るという。また木の幹をニ、ネトパ(木の胴体)、根をニ、チンケウ(木の脚)、枝をニ、テ
  ク(木の腕)もしくはニ、モン(木の手)といい−以下略−」。まさに森林の民である。だか
  らコタンにはいっぱい神様が居たはずである。が、その神々は何故か出雲大社の総会には
  招待されていた形跡が無い。蝦夷地は昔は外国だったのであろうか。
   今でも関東以北ではサカキが無いので代わりにヒサカキを用いるという。ヒサカキも同
  じツバキ科でサカキより葉,花,実共に小さくサカキに似るがサカキにあらず「非榊」で
  ある。ヒサカキは青森県を除く本州〜沖縄まで分布する。
   関東地方では伊豆大島で神事に用いる葉の小さい品種のヒサカキを栽培しているという
  がサカキ、ヒサカキ共に無い青森県や北海道ではどうしているのだろうか。始めに神事に
  用いる木は常緑樹なら何でも可と決定していたら、私がよけいな心配することもなかった
  だろうに。
   もう20年くらい前,地元の小学校に初めて子供会が出来たとき,育成会、つまり親の
  ほうの会の会長をしていた頃の話。クリスマスにパーチイをやろうということになった。
  こどもにはジュース,おおどもにはビールが出るので大賛成,ツリーは間伐材のスギで、
  いや、やはりモミの木で、モミの木は営林署の○○さんに頼めばとカンカンガクガク始ま
  った。私としてはビールが飲めればそれでいいのだから「いっそのことサカキでやったら
  どうだろう」と提案してご婦人方のヒンシュクを買ったことがある。
   たしかにサカキのクリスマスツリーはユニーク過ぎるきらいはある,しかしその分子供
  達の記憶にも残るだろうし、それにこのくらいのオトボケはあってもいいと思うのだが。
   全くカンケイないのだが私の好きな歌。
  
    故郷のなまりなくした友といて モカコーヒーはかくまで苦し   寺山修二