『ほろ酔い植物考』     ビワ    バラ科

                                 田城 松幸

   中国原産で主に暖地で果樹として栽培される常緑の喬木、と思いこんでいた。間違いではな
  いが正確ではない。大分県、山口県、福井県の主に石灰岩地に自生種があるという。
   中国では六世紀の頃から、品種改良された種が文献に残っているというが、我が国に渡来し
  たのは何時なのかはっきりしない。その一つの例として同じバラ科のウメ、モモが中国から渡
  来し、万葉集に合わせて125種も詠まれているのにビワは皆無である。一説によると江戸時
  代、長崎に南支方面から渡来したのが「茂木枇杷」の最初で、それらの種をもとに明治の頃田
  中芳男氏が改良したのが「田中枇杷」、その他に「楠枇杷」というのがあり「高知県産、中等
  大、短形、風味佳良、五月下旬」と、ものの本にある。田中枇杷が六月下旬、茂木枇杷が五,
  六月下旬とあるから須崎市の安和辺で栽培されているのは楠枇杷という品種かもしれない。い
  ずれにしろもとから日本に自生している種そのものでないことは、はっきりしている。
   今、私は高知県植物誌の調査で幡多郡内の山野を歩き回っているが、いたる所の里山でビワ
  の木を見かける。こんな大きなタネを鵜呑みにする動物はいないはずだから、それらの木は間
  違いなく人間が栽培品種のタネをまき散らした結果であろう。が、最近我が家の菜園でビワの
  タネを丸呑みした獣の糞を見つけた。これはおそらく木登り上手なハクビシンのなせる技であ
  ろう。ハクビシンも中国原産でもとから日本に住んでいた動物ではない。食生活が豊かになり、
  里山の畑や水田が放置され、果樹をとって食べる子供もいなくなった結果、ハクビシンも数が
  増え、人家の近くにまで進出してきたのであろう。ハクビシンの被害が人の口にのぼりだした
  のは20年位前からである。
   ビワは日本では珍しく鳥が花粉を運ぶ鳥媒花である。1月の終わりから2月にかけて花が咲
  く、この寒い時期に変温動物の昆虫が飛び回ることは少ない。蜜もある程度出るのであろう、
  メジロなどの小鳥が花粉を媒介する。その材は折れにくく、木刀や印鑑の材料とした利用され
  るし、昔はこの木でオウクを作った。
   そも、オウクとはなんぞや。若い人には分かるまいが、私が子供の頃、峠の畑から麦やサツ
  マイモを運び下ろすのは牛馬の背以外は全て天秤棒で担ぎ下ろした。稲わらで作った入れ物を
  「フゴ」といい、天秤棒を「オウク」と言ったのである。これは樫の木などの堅い木でつくる
  と折れやすく、よくしなる、いわゆる「なやし」のある木が適している。ビワ、シキミなどで
  作るのが常であったと聞く。確かにビワの木は簡単に手では折れない。しなるのである。
   世に○○ビワと名の付く木がいくつかある。ヤマビワは多少ビワに似ているがアワブキ科、
  アワブキの語源は生木を燃やすと切り口からぶくぶくと泡をふくから。ハマビワは土佐清水市
  や大月町の海岸近くに生えクスノキ科。イヌビハは県内いたるところの暖地にありクワ科でイ
  チジクの仲間。高知県では通常イタブと言う。イヌビワには数種があるがいずれも雌雄異種で、
  雄株の実は小さくて堅いが雌株の実は柔らかくてバナナそっくりの味がする。私はこの実を見
  つけるたびに口に入れる。小学校の低学年の頃、生まれて初めてバナナを食べたときの感動が
  蘇るから。当時バナナは大変な貴重品であった。
   考えてみれば、たった1本のバナナで完全に心が満たされた時間が確かに存在した。
   そして還暦を過ぎた今は・・・。思えばはるばる来たものである。

      いつ咲いて いつ散るやらん枇杷の花    尚白